ラファエルアルトゥニアンが浅田真央との関係の真実を語る。後悔、別れ、ラジオで

浅田真央選手のアメリカ練習拠点時のラファエルアルトゥニアンコーチ。

ラファエルは、真央の最大の武器は美しさ!と発言してました。
ジェフリーバトル、アシュリーワグナー、ミシェルクワン、ネイサンチェン、など多くの優秀な選手のコーチをしている。
アメリカ人では無くロシア人でアメリカで数十年拠点を置くラファエルアルトゥニアンコーチ。

浅田真央選手とラファエルコーチの別れ、ラファエルコーチの後悔、など詳しく語ってくれてるラジオがあります。


「ニッポン放送とくモリ!ソチ感動大賞 浅田真央」
浅田真央とラファエルアルトゥニアンコーチの事を語ってます。


浅田真央とラファエルコーチの語られなかった真実をラファが語る。
ラファは今まで浅田のコーチを辞めた理由をずっと語らなかった。

ラジオ内容

『浅田は心根が優しい、その浅田がただ一度だけコーチと衝突した事があるんです。
2006年からラファエルコーチになった、有名なコーチでクワンを教えたコーチ。

2008年初め、たった1本の電話で2人の溝が出来た。
ラファは指導のために早くロサンゼルスに戻ってきて欲しいと電話で言った、浅田はロサンゼルスには行けませんと言った。

大学にリンクが出来たので、そこで教えて貰えないでしょうかと。
ラファは怒った、わがままだと思った、ラファは理由をきちんと聞かなかった。

真央がアメリカに来ないなら師弟関係をやめると、浅田はどうしてもアメリカには行けませんと言った。
これが最後のやり取りだった。ラファは怒っていた、真央と会わないようにしていた。

数年後、人伝にラファは、なぜあの時に真央がアメリカに戻って来れなかったのか理由を聞いた。

それは真央の母親が長らく重い肝硬変で、命の期限をその時に知らされたからだった。

母親の元に寄り添って居てあげたかった、海外に長期滞在出来なかったのだと。
浅田の母親はバンクーバーオリンピックの1年後の2011年に亡くなった。

「あの時、真央を突き放した事を、ずっと後悔し続けるであろう。

自分のキャリアの中で1番の痛恨事である。」

とラファエル。
ショパンのノクターンは、真央が15歳~16歳の時に(振付師のローリーと)コーチのラファエルが選んだ曲だったそうです。』


ラファエルはなぜ真央ちゃんの事を話すのか、海外でも真央選手の事を語ってますが。
それは教訓だからだそうです、後悔しているとラファエルコーチはよく海外で語ってます。


★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

ラファエルコーチは今までの海外マスコミ取材コメントでは浅田真央について

真央が、アメリカに戻って来れない原因や理由を知るべきだったと。

自分はまだ若かったから教え子の抱えてる家庭の事情を考えようとしなかった。

もし自分が短期間でも日本に行っていたら原因が分かったかも知れない、日本に行ったら理由を知れたかもしれない。

真央は日本では有名で騒がれる為に

母親をマスコミから守る為にも病気を秘密にしていたのだろうと、ラファは海外で言ってます。
(安静に治療受けれる様に)

真央の母親の病気の事を知っていたら、ラファはすぐに日本へ行って真央のコーチを続けていたそうです。

そして自分だったら真央にオリンピックで金メダルをとらせてあげれていたと。

ずっと今でもコーチを辞めた事を後悔していると。



《一生の教訓》
コーチは、原因を追求せずに決定を下してはいけない。
byラファエル


同じ悲しい出来事が起こらないように、一生の教訓にしてるそうです


☆ ☆ ☆ ☆ ☆

ラファエルコーチは海外のインタビューなど、よく浅田真央とミシェルクワンの名前を出します。
この2人は人柄良かったそうで、更に練習熱心でスケートに真摯に取り組む姿勢が素晴らしかったそうです。
教え子の中では特別な存在だった2人だと。
今の教え子達に、良い見本として浅田真央とミシェルクワンを話すそうです。
ネイサン選手の海外インタビューではラファはよく真央の話をし真央はどう乗り越えたかと良い見本として話すそうです。



★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

ラファエルコーチの他の記事でも


「魅力的で熱心だった」浅田真央さんの元コーチ(ラファエルコーチ)
思い語る-フィギュアスケート
(2017年記事追加一部抜粋)


現役を引退したフィギュアスケートの浅田真央さんをかつて指導したラファエル・アルトゥニアン氏が19日、インタビューに応じ

「悲しくて、寂しい。フィギュアスケート界の象徴的な選手だった。真央ほど魅力的な女子スケーターはいない」と思いを語った。

 アルトゥニアン氏は、浅田真央が15歳だった2006年夏から約1年半、米国を拠点にした際に指導。
現在も男子のネーサン・チェン(米国)らを教える名コーチは、浅田の事を

「ずばぬけて高い技術を備えていた。1日に6~8時間、休むことなく練習していた。
あれほど熱心にスケートに取り組む選手を私は他に知らない」と感慨を込めた。

 トリプルアクセル(3回転半)にこだわり続けた姿を
「信念を貫いたのは正しい。他のスケーターを勇気づけた」とたたえた。

女子にとっての大技を跳び続けられたのは、
「若い頃に技術を成熟させたことが大きい。体の位置や跳ぶ方向が正確で、踏み切りがきれいだったから」と話した。

 頂点を目指した師弟関係は08年の初めに終わりを迎えた。行き違いもあった当時を振り返って

「母親の体調など真央が問題を抱えていたことを知らなかった。私の大きなミスだった」と悔やんだ。

「(指導を続けていれば)何か特別なことを起こせたような気がするが、あれも運命だったのかな」と話す表情は、少し悲しげだった。

 引退した浅田さんへ今かけたい言葉を尋ねると、
「経験してきたことを日本の若いスケーターに伝えてほしい。自身がスケートに向き合ってきた姿勢や、どうやって練習を積んできたかを」と答えた。



〈浅田真央とジェフリーバトルは同じ時期に同コーチだった同門です〉
ジェフリーバトルと浅田真央の関係


☆ ☆ ☆ ☆ ☆

《ラファエルコーチと浅田真央のその後》

今の2人の関係は、試合などで一緒になったら必ずお互いに話をするとラファは海外のインタでも語ってます。

ラファエルは今でも真央を愛してると海外でも語ってます。

ラファはオリンピック後に、真央がわざわざ自分ところに来て、感謝の言葉を述べてくれたと言ってます。

2013年のアメリカ大会ではワグナーに付いていた時に、ワグナーの時間が空いた時には真央選手にも気にかけ応援してる姿を目撃されてます。
2016年のワールドでも、前日練習終わりにもラファと真央選手が仲良く会話をしてる所を写真にも撮られてます。
また姉の舞さんのTwitterにも2016年にラファと舞さんが数年振りに会ったそうで、写真を載せてます。
そしてラファは会う度に真央ちゃんと佐藤コーチにGOODLUCKと話してるそうです。
またラファは真央のコーチを、またしたいとも他のインタビューでは言ってます。
ワグナーも教えてるラファエルですがワグナーを教えるきっかけは元コーチからのお願いだそうです。
ワグナーは元コーチとの信頼関係があったが、元コーチは年配でもありワグナーの才能を伸ばすために、元コーチが自らラファにコーチを頼みに行ってます。
ラファエルコーチは海外ではコーチの間でも評判が良いコーチです。


★★★★★

歴代コーチ→タラソワコーチとの関係


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